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岩波プレゼンツ神経症克服プログラム その感動のドラマ [私のうつ病体験記、克服体験談]

岩波先生は凄腕と言われるだけあって、集団でプログラムを行っている。
一般の常識で言えば、一対一が基本だが(私が通った催眠療法もそうだった)、一気に集団で通っている人の心の重荷を軽く出来るのだから、それが凄い

では、一人一人悩みも事情も目的も違うのに、どうして一緒にやらなくてはいけないのか?
これは私も思った。
だが、結局、悩みはそれぞれの無意識の世界にあるわけで、一人一人同時に先生は処理できるのだ。
深いトランス状態や脳覚醒状態に入れることで、それぞれの無意識の自分と対話させる。
それは主観の世界だから、他者が入り込まない。
だから、集団でも、いや集団だからこそ、一括して処理できるのだ。

また、催眠療法経験者として言わせてもらうと、腕が大した事がない施術者は、催眠に誘導できないことを人に見られたくない。
参加している人がかかっていないことが知られると評判が悪いし、参加者も白けて、被暗示性が落ちてしまうからだ。
もしくはサクラを用意するしかない。
やらせでしか集団を扱えないのがプロと言われているレベルなのだ。

だから、集団で暗示をかけることが出来る岩波先生の凄さが際立つ。
もちろんサクラもヤラセも一切ないし、ぶっつけ本番だ。
でも、みんなかかる。
暗示のレベルによっては、かからない人もいるが、ほどなく高度な暗示レベルにも反応していく。

また集団の特性として、集団で暗示にかかりやすい雰囲気となっていく。
私も経験したが、一人が感情の深い世界に入って、ドラマティックなくらい抑圧処理をしたり、感情が出てきたり、暗示にかかるようになると、それが保証となり、自分にもかかる自信がつく

集団の環境自体が、暗示となって、一人深い暗示にかかることを見ると、別の人も暗示に反応していく。
その相乗効果で、一般レベルではありえない高度なプログラムになっていく。

ここで一つ言っておきたいのは、岩波先生は非常に魅力的で面白いということ。
プログラムの雰囲気は、緊張している人もいるけれど、基本楽しい。
だから異様な場所ではない。
どちらかといえばアットホームな明るい雰囲気だ。

だが、深い脳覚醒状態時には、すごいドラマが起きる。
人の人生をまざまざを見ることが出来る。
見ると言っても、プライバシーの事細かがわかるのではなく、どれだけ自分を抑圧してきたか、必死で努力してきたか、それが感覚として認知できるという意味だ。

それはすごく感動的だ。
そして、辛く苦しい思いをしてきた人が、その場ですごく解放感を得て、心の安堵感を得て、すっきりして、自信を持った顔になっているのを目の当たりにすると、それがモチベーションになる。

また私がそうなった時、他の人にいいイメージを与えることができれば嬉しく思う。
感動と衝撃のドラマ、これは確実にあの場の中で起きます。
そして、自分の心のなかにも同じことが起きる、それが岩波英知という男の創りだす、極上の無意識世界です。

だから効果が他のところよりも段違いなのだ。


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    うつ病の原因と抑圧を破壊 神経症克服プログラム体験記 [私のうつ病体験記、克服体験談]

    私は毎日3時間トランス呼吸法や脳ストレッチをやり続けた。
    本来真面目だったが、集中力は時々切れながらも、何とかプログラムの回までへこたれずやり続けた。
    その成果はすぐに出た。

    明らかに初回のときの脳覚醒状態と二回目、三回目、四回目の状態と違っていたからだ。
    ただの違いではない。やるごとに何百倍もの体感が増している
    これはつまり脳のもっとも深い位置が刺激されてきている。
    しかも怖くない。
    恍惚感も余韻もすごかった。
    時間的観念も日数単位から年単位に感じられるようになった。

    それぐらいトランスが深まると、無意識の処理が可能になる。
    私が初回見たような感情の抑圧の溜まりに溜まったものを抜き出すことが出来る。

    私は感情的発散タイプではないようで、トランスの余韻が強い時に、うつ病になった流れや原因、その時の辛さを思い浮かべるように岩波先生に指示された。
    その時、私の脳は奥底が開いており、不思議と雑念も自分の中で邪魔をしてくる理性もなく、うとうととしたすごく気持ちい状態でありながら、意識が強く変容している流れの中にいた。
    ずっと感じていたい、浸っていたい強い変性意識の中で、過去のことを思い浮かべたため、様々なことが直感でわかってきた。
    それは親のこと、親の教育、地域環境、私自身の思考、仕事でのストレス、融通の効かなさ、それらが次々と気づくようになっていった。

    悩んで当然と、通って克服した人が言う思考(受け入れの思考)に私もたどりつくことができた。
    悩んで当然だから、不思議と気持ちが楽になっていった。
    あれだけ治ろうともがきにもがいていた心とは対極の、穏やかな受容だった。
    私はこれだけうつ病になるための素材があって、それが積み重なって、現在まで来たのだから、うつ病にならないわけがない、という思考になれた。

    通う前から、ルーツ処理整理についての知識があったが、知識の世界ではなく、深い直感の世界で、私の半生を掴むことができたと思う。
    受けれることがこんなに楽だったとは!
    無意識の世界はすごい。
    だが、頭で受け入れようと思っても、感情は受け付けてくれない。
    だから、治らないのだが、人間は最も深い感情や感覚の世界に入った時、すんなり受け入れてくれる

    暗示もそうだった。
    私はプラス暗示を入れてくれるものだと最初は思っていたが、まずはマイナスの処理から始めたほうがいいらしい。
    実際に抑圧やルーツ破壊をしていった時に、岩波先生にプラス暗示を入れてもらったが、批判力は発動せず、ダイレクトに受け入れる自分がいた

    あれだけ努力、根性、集中力を発揮して、自分に必死で言い聞かせようとしていたのに、岩波先生誘導の脳覚醒状態時には、楽に努力と集中力が発揮できるのだ。
    根性の問題じゃない、もっと深い本能的なものから発するからこそ、人の悩みを変えることが出来る。
    逆に言えば、うつ病にかぎらず神経症は全てそうだと思うが、本能の世界で発症しているからこそ、どんな知恵を駆使しても治らないのだ。
    本能が悩みと絡みに絡み、悩むこと落ち込むことが本能の欲求ぐらい、自分の意識とずれてしまっている。
    バグを起こしてしまうから、何をやっても難しいのだ。

    本能の世界にある悩みなのだから、本能の世界、言い換えれば無意識の世界に自分が入って、対峙しなくてはいけない。
    対峙と言っても、闘うという意味ではなく、己とその人生を見つめるだけでいい。
    不思議と、悩みの種が、執着している対象が、スーッと消えていってくれる

    これは私だけの体感ではなく、話を聞くと良くなっている人はそういう感覚になっている人が多い。

    不思議なのだが、心の抑圧破壊をしていっただけで、特にプラス暗示を入れなくても、心が非常に楽になっている自分に気づいた。
    呪いのように私の無意識にこびりついていたものが、どこかにおさらばしてくれたような、気持ちの軽さだった。
    もしかしたら、人生で初めての心の軽さだったのかもしれない。

    どれだけ私は心の重さを感じて生きてきたのか?
    それが恒常化して、それがあたりまえだと思っていたことに私は戦慄を覚えた。
    これじゃあ、悩んで当たり前、気力が続かないの当たり前、いつか挫折するのも当然だと思った。

    人生はそういう気付きの連続なんだなと思った。
    私は本当に感動したし、岩波先生という存在を知ってよかったと思っている。
    理屈を超えた世界を提供して、非常に効果も与えてくれる先生に感謝の言葉もない

    岩波プレゼンツ神経症克服プログラム その感動のドラマ [私のうつ病体験記、克服体験談]


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    神経症克服プログラムとの出会い 私にありえないことが起きた [私のうつ病体験記、克服体験談]

    ネット上で賛否両論の賛が圧倒的に多い、カリスマ心理脳内コンサルタント岩波というキーワードに目を引かれた。

    岩波英知先生の無意識の一番奥底にダイレクトに暗示を入れられる技術は最強だと書かれてあった。
    私も催眠療法を受けていたから、無意識についての知識や理論は一応知っていた。
    だが、無意識を感じることなど普段は不可能だし、催眠療法でも無理だった。

    ただし催眠療法をたくさん受けた人がこぞって、岩波先生は別格だ、すごい、天才すぎるという書き込みを読み、世の中にそんなすごい人がいるのかと思った。
    まあ、凄いの度合いがどれほどのものかはわからなかったが、とにかくカリスマであり鬼才だという評判に心惹かれた。

    うつ病の体験記を私は読み漁った。
    私と同じ親の教育、仕事でのストレス、遊びの少なさ、完璧主義的な頑張りなど似ている人がたくさんいた。
    この頃ようやく私も、鬱病はいきなり発症するものではなく、長い長い年月をかけて、遂に糸が切れたから発症したのだということに気づいた。

    たしかに私はうつ病になってもおかしくない経験をしてきたと思った。
    それは同じ体験者の経験談を読んだから、非常に納得がいった。
    何をやっても改善できず、呪いのせいぐらいに思っていた自分の狭い視野が情けなくなった。
    なるべくして発症していたのだ。

    岩波先生の神経症克服プログラムを受けようと思ったが、岩波の言葉・講演集がとても素晴らしかった
    納得することばかりで、また私が考えもしなかった発想も書かれてあり、脳や無意識の怖さも知ることができ、目からうろこばかりだった。
    これで迷うことなく私はプログラムを受けようと決心した。

    Dream Art Laboratory(ドリームアート研究所)へメールを送り、岩波先生と話すことができた。
    あいにく先生は忙しいらしく、電話もそこそこで予約をとることになったが、通ってからがすごかった。
    すべてが驚きの連続で、信じられないことばかりだった。

    集団でプログラムを行っているが(少ない時で5名ほど、多い時は30名近く)、みんなサクラでヤラセに思えるほど、信じられないことばかりだった。
    私が通った催眠療法とはあまりにかけ離れていたためで、私が実際に体感するまでは、正直半信半疑だった。

    世の中には信じられない景色がある、世の中は広い、俺の経験は狭いと思った。
    そして決定的になったのは、自分が脳覚醒状態(トランス状態)に誘導してもらった時だ。
    他の人は、すごい反応をするし、抑圧が出ていたり、感情の世界に入って心が浄化していっていたり、プラス暗示が入ってすごくやる気に満ち溢れる顔になったり、それを私も出来るのか? それだけが心配だった。

    だが杞憂だった。さほど苦しくもなくすんなりと別世界にいっていた。
    意識が一瞬飛んだ後、私はすごく虚脱感とリラックス感が入り混じって、それに衝撃と驚きを加味したような感覚を味わっていた。
    時間も一瞬だが、私の体験した時間は3時間ほど眠っていたかのように感じた(のちのち一年や十年という感覚になっていくが)。

    相当ストレスが溜まっていたのだろう。その虚脱感は、私の抑圧そのものだと思った。
    岩波先生も、かなり力を込めて生きてきたことを指摘したが、私ははじめて実感として、自分の精一杯のぎりぎりの生き方が遂に限界が来ていたことを悟った。

    なお虚脱感もすごかったが、なにかすっきりしたものもあった。
    そのときはトランス後の余韻はとても短いものだったが、違う世界を味わい、岩波先生の技術の凄まじさを目の当たりにして、ここに来て私はようやく信じることができた。

    どうやらみんな驚き信じられないそうだ。
    しかし自分が体感すると、皆サクラだと思っていたが、そんなことはないと悟るそうだ。
    信じられないし、ありえないことが出来る岩波先生こそまさに鬼才中の鬼才だと私は思った。

    岩波先生は、その研究熱心ぶりは凄まじく、脳の深いところの回路がどうしたら覚醒するか、重い扉を開けられるか経験値と天才的な繊細な感覚で知っている
    信じられない、ありえないと思うのはこちらの考えで、岩波先生からしたら必然的なことなのだ。

    ただし私のうつ病に至るまでの心の抑圧は相当らしく、体も固く、家での訓練をやる必要があると言われた。
    他の人に話を聞くと、自分の人生の問題解決のために、それこそ寝る間を惜しんでやっている。

    私はこの頃根性も努力も発揮できない状態だったが、岩波先生の訓練だけはやってやろう、やりぬこうと誓った。
    三日坊主にならぬよう、ここでダメなら全てダメ、治ることはないと思ってやろうと決意した。
    私がどんなに努力してもうつ病を克服できなかったが、ここでなら大きな突破口が開ける、そんな予感はした。

    私が参加した回で、感情の抑圧処理をしていた人が数人いたが、『ここではドラマが起こる』というドリームアートのホームページのように、ドラマが起きていた。
    人生のドラマがあった。
    その人達の人生の流れが、感情の世界に入った時、私にはすべて分かった。
    どれだけ苦労して生きてきた、一生懸命克服を頑張ろうとして、それでもうまくいかない焦り、すべて悟ることが出来るぐらい、岩波先生の魔法で、無意識の抑圧が表に出ていた。

    私はすごく感動したと同時に、私にもこれだけのドラマがある、無意識の底にギュウギュウに抑圧している、それを処理しきれた時、私の新しい人生が始まるかもしれないと思った。
    これは根拠の無い直感だったが、正しいことは後々わかる。

    誰も好き好んで悩んでいない。
    悩みから抜け出すことができないのも、根性と気力の問題じゃない
    そうならざるをえない理由があるから発症し、抜け出せないだけのことだ。

    そのためには無意識をコントロールしなくてはいけない。
    私のやるべき道が見えた。
    岩波先生にかけてみようと本当に思えた
    ダメでもやってやる、そして結果を出す。
    そして新しい人生を歩んでやろうと。

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    私のうつ病体験談 うつ病発症原因と地獄と奇跡的出会い [私のうつ病体験記、克服体験談]

    岩波先生の心理脳内プログラムに通った人の体験記へのリンクを貼ってきたけれど、ここで自分のうつ病の体験記を書きたい。

    のりゆきは、九州のとある大都市で生まれた。
    岩波先生によると、悩みのメッカと言われる環境で生まれ育ったが、私の両親ともやはりその都市出身だった。

    その環境に加え、非常に保守的な家庭で両親とも生まれ育っており、その影響をモロに受けてしまったのが私であった。
    間違ったことは許さない、正しいことだけをする、人から後ろ指を指されない生き方を心がける、いつも礼儀正しく一生懸命で、遊びもかなり制限するような親だった。

    ここでお決まりの親は子供の為を思ってそれをしているという言葉が出てくるだろう。
    たしかにそうなのかもしれないが、子供の頃の私にとって、家は牢獄だった。
    自分を出してはいけない雰囲気だった。
    頑張っても褒められず、さらに頑張ることを求められる環境だった。
    こういった家の子供は将来うつ病になりやすいんだと思う。

    父親は大学教授で、学長にまでのちのち上り詰めた教育一筋人間だった。
    母親は主婦をしていたが、地域活動に熱心で、世間体をひどく気にしていた。
    彼女もまた一流の女子大学を出た才媛だった。
    趣味も少ないような両親に育てられた一人っ子の私はどんな影響を受けて育ったか、似たような環境の人はわかるかもしれない。

    男はこうあるべきというしつけの中で、私も後ろ指さされない存在になろうとした。
    親にそう教育されたこともあるが、私自身も人から高く評価されたい気持ちは強かった。
    いつか親に認められたい気持ちもあった。
    私は愛情に飢えていたのだ。

    愛って何か? いまなら感覚としてわかるが、子供の頃や中高生、いや大学生の時ですら、その意味がわからなかった。
    それもそのはず、離婚こそしなかったが、両親とも折り合いが悪いのかよく口論していた。
    お互いに尊敬していた風に私は全く思えなかった。

    もしかしたら親が離婚するかもしれないという恐怖と不安を感じて生きていたのだから、心の余裕が制限されてしまったのも無理はなかった。
    母親は人間関係が不得手な人で、地域活動で少しでも気に食わない人間がいると、私に愚痴をこぼす。
    それで心の平衡を保っていたのだろうが、私にとっては、人間は心を許してはいけない存在だと刷り込まれた

    父親は偉い地位にいたため、プライドが高く、上から目線で何事も決め付けるタイプだった。
    私は彼から一般の愛情を受けた記憶はなかったと思う。

    努力、根性、集中、この3つの重要性を刷り込まれた私は、もちろん実践していた。
    しかし、その緊張の糸が遂に切れた
    人間は根性だけで突っ走れるものではない。
    遊びが必要だと今はすごくよくわかる。
    遊びや楽しさが気力を充実させてくれるのだが、私には遊びを与えられなかったから、せいぜい社会人二年目までしか気力が続かなかった。

    努力、根性、集中、すべてが私から消え失せてしまった。
    商社で働いていたため、非常に激務だったが、その3つができなくなった私は、焦りに焦った。
    エンジンがどんどんプスプスっと音を立てて止って行くように、私の精神力も急に燃料切れしていった。

    だけど、やらなくてはいけない使命感だけはあった。
    だから余計苦しんだ。

    急に体も心もついてこなくなった。
    急激な失速に、私は焦った。
    何とかしようとするが、どんどん気持ちが焦るばかりで、それもストレスになっていった。

    そんなダメな自分になってしまったことに、今思えば恐ろしいことに、両親に申し訳がたたないと思った。
    目の目の仕事への集中力がなくなり、根性の力で乗り越えようとしてもモチベーションすら湧いてこなかった。
    なぜだ? 全く私には原因が考えられない。

    今でこそ岩波先生のプログラムを経て、はっきりと私がうつ病になっていくルーツがわかっているし、直感で気づけたところもある(それが脳覚醒技術のすごいところだ、悩みの原因を悟れる)。
    しかし、当時の私は、なぜ? なんで? どうして? の?マークだらけで、ますます私の頭は混乱していった。

    俺は努力をしなくちゃいけない立場なのに、どうしても心がついてこない
    これだけ自分に言い聞かせてくれるのに、頭じゃ本当によくわかっているのになぜだ!!

    私はイライラした、焦った、しかしどうすることもできない。
    体にも不調を感じ始めた。
    朝起きるのが辛い、仕事をしていてもすぐ疲れる、腰や背中、肩が異常に凝る。
    胃潰瘍にもなった。

    レントゲンを取ると、医者が顔をしかめるくらいただれていた。
    私は入院が必要になった。
    その後、帯状疱疹になった。
    これもストレスのなせる技だ。

    私の人生すべてがうまく行かなくなった。
    人間関係も苦痛になり、人を遠ざけるように。

    うつ病だということが次第にわかり、精神科へ通院し始めた。
    だが、両親には決して言わなかった。
    精神科にかかることは、人生の負け犬ぐらいに思うような親だからだ。
    私自身、そんな自分が惨めだったが、背に腹は代えられない。

    だが、うつ病が抗うつ薬で治る希望も打ち砕かれた。
    抗うつ薬がとにかく体に合わなかった。
    何度かSSRIを変えてもらったが、どれも合わない。
    副作用がきついだけだった。
    うつ病を余計こじらせてだけになって、ますます私は絶望の淵に追いやられることに。

    私は休職を考えた。
    仕事でミスが多くなり、取引先からもクレームが来て、私も居場所はなくなっていった。
    しかし、ここで休んだらおしまいだという狭い考えが、無理やり私を通勤へと追い立てた。
    毎朝苦しくてたまらなかったが、私の最後の意地だったのかもしれない。

    だが、この時のうつ症状が一番苦しかった。
    ヨガや瞑想にも手を出したが、一向に良くならないし、なにより実感が全くなく、こんなことをやっていてもうつ病が治るかというとそうではない。
    本も読んだ。
    何かに克服のヒントになればとたくさん読んだが、どれもうまくいかなかった。

    催眠療法にも通い始める。
    ここもうまくいかなかった。
    私は呪われているかもしれないぐらい考えるようになった。

    今となってはおかしな話だが、除霊をしにいったこともある。
    それぐらい私は追い詰められていた。

    このままでは人生が終わる、自殺するしかない、しかし親に申し訳ない、この狭間で私はもがき苦しんだ。
    そこで転機が訪れることになる。
    私にとって奇跡的な出会いだった。
    これが私の人生を大きく変えることになるし、子供時代からの私にケリをつけ、両親との因果にもけりをつけることになった出会いだった。

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